ともに生きよう  ともに働こう  ともに学ぼう 伝わってゆくこの「いのち」を ここに記します。
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「植物」 「茶色」 と聞いて皆さんは何月をイメージしますか?

11月秋も深まったころでしょうか?
私は今月この考えが変わることとなりました。
6月を思い浮かべることになったのです。


私は田園風景の中で毎日生活したことがありませんでした。
旅行に行けば、そのような風景に出会うことはありますが、毎日少しずつ変化していく田園風景を体験したことがありませんでした。
しかし、今年はひょんなことから毎日田園風景の中を歩くことができるようになったのです。

毎日、少しずつ変化していく風景を観察しながら、自然豊かな風景を肌で味わうことができました。
そして田植えの準備が進んでいた春先ころ、田んぼのわきに、声をあげてしまうほど密集したペンペン草(なずな)の森(!)がありました。

ふわふわのその葉に抱かれて泳ぎ回りたくなるような草の森でした。


この写真を見てください。
6月の梅雨の合間の天気の良い日に撮った写真です。

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茶色く映っている場所は、まさにぺんぺん草やいろいろな田んぼの草が生えていた場所です。
青々しい稲穂とは対照的に、まさに枯草です。
美しいまでに立ち枯れているぺんぺん草は、いのちが灰に変わっていく真理を感じさせました。

「植物」 「茶色」 が、11月から6月に変わった私の忘れられない夏になりました。

この経験をより深く心に刻み込んだのは、日本の季節を表す七十二候のひとつでした。



七十二候(しちじゅうにこう)とは、古代中国で考案された季節を表す方式のひとつ。二十四節気をさらに約5日ずつの3つに分けた期間のこと。
各七十二候の名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文になっている。中には、「野鶏入水為蜃」(キジが海に入って大ハマグリになる)のような実際にはあり得ない事柄も含まれている。

七十二候:乃東枯(ないとう かるる) 夏枯草が枯れる(日本)
2009年は 6/21~6/25ごろ

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学生時代によく聞いた言葉

「好きなことが仕事になれば最高だよね!」

バンドをやっていた私は、本気でミュージシャンになることを考えたりしました。
その後の私の人生は、少し珍しい体験と経験が多いものとなりました。

リュック一つで1年間の自転車の旅に出たり、
仕事で多くの人の死に出会う経験があったり、
普通には出会いにくい人たち(生きざまや、特別な病気など)と出会い、
やや多めの種類の仕事の経験を得ました。


そして、経験から学んだこと

「好きなことをするより、するべきことを好きになること」

人生の選択に迷うことってよくありますか?
私は結構あるほうです。

でも、そんなことが信じられないと、私という人間を見ていた人にも出会います。
その人は、私が何の迷いもなく大きな決断や特別な選択をしたのを知っている人です。

しかし、私は人一倍悩む方なんです。
ひとつの買い物するにも、何度店に足を運んでああでもない、こうでもないと思案することか・・・

しかし、
確かに全く迷いがないことがときどきあります。

それは、

「こればするべきことだ」

という確信があるときです。

今までの人生で何度もそんな経験があり、それらはいつもよい結果をもたらします。

悩んでいるときは、するべきことでないことを心が知っているときです。
するべきことには、迷いが生まれないので、すぐ行動することができます。

そして、そんな「するべきこと」は、いつも私の意志とはお構いなしに目の前に現れるのです。
だから、何の苦労もなくただ手に取るだけ。
じゃあ、努力が必要ないのかと言うと、他の何よりも努力する必要が出てくる。
でも、迷いがないから努力が何の苦にもならない。

しかし、最近また違う迷いに出会っています。

「するべきことだと思うことが、魅力的に感じること」

に、迷っています。

私は変わった人生を歩んできたから、将来への不安はまったくなく、楽観的に考えられるほうです。
しかし、最近は私が楽観的になれても、それが家族や親せき、社会にとってそうではないことが、よく分かるようになりました。

だから、するべきことだと感じることが、自分にとっては不安のない道でも、家族や社会にとっては躊躇するべき選択であると、悩んでしまうのです。

「好きなことをするのが、幸せな人生」

ではなく、

「するべきことを好きになるのが、幸せ」

と、体験する人生を経験したために、

「好きなことがするべきことになってしまうこと」

に違和感を感じるのです。


だから、今日もこんな考えに戻りました。

私は、家族、地域、社会、世界とつながった存在である。
みんなが幸せでなければ、決して個人の幸せはありえない。
私がすることは、すべて私以外の人に影響を与えている。
私がするべきことは、私のためにすることではなく、みんなのために私ができることである。


これが、本当に実践できれば、
今の悩みに原因になっているのだろう私の無知が、晴れるような気がするのです。



沖縄
八重山民謡のコンサートにいきました。
私は20歳のころに半年石垣島で働いていたことがあります。

日本百景の一つ石垣島の川平湾から歩いて1分
毎日、私は石垣島の自然の中で生きていました。
都会暮らしが身についていた私にとってこの半年間は、いのちの生活でした。

私のもっている全財産はリュック一つに入りました。
テレビもパソコンもない。
部屋には、リュック一つだけ・・

そんな毎日で、私が繰り返しきいていた八重山民謡
鷲ぬ鳥節 と 鳩間節

コンサートで鳩間節が演奏されたとき、私のすべては石垣島の空気につつまれました。
私は石垣島に立っていました。

そのとき、ひとつの体験がやってきました。
私の中に石垣島が生きていて、それが私として生きているという体験です。

はっきりそれを体験したとき、芸能の意義がハートに落ちました。

私は和太鼓、踊り、民謡などいろいろな地域のものを学んでいます。
私はその土地に生まれていないけれど学んでいる
真の芸能は、その土地の神さまにささげることから生まれた。
私は真の地元の人のようにはなれないのだろうか?と考えることがありました。

いや
石垣島は私の中に生きていました。
つまり、学んだこと、体験したことは、私のいのちとなっていたのでした。

ああ 言葉とはなんと軽いのでしょうか。
一つの体験は、千の言葉を超えます。

私は文化を学んでいます
文化は私の中にあります
私は文化そのものです。

はじめて、私は石垣島そのものであったことを体験しました。
本当の自分を知る道とは、こういうものなのかと感じました。

美しい八重山民謡を聴きながら私は恍惚としていました

そのとき・・・・

突然、祖母の亡骸が目の前に浮かびました。

予期せぬ映像に全身が固まりました。

なぜ?

「今これが頭に浮かぶのか?」

しかし、予想以上にすばやく答えがわかったのでした。

「祖母も石垣島と同じように私の中に生きているのだ・・・」

すると再び八重山民謡がハートに響き渡りました。

私の中に生きているいのちを経験することは、自分の前世を見るようなことよりも
刺激的で、情緒的で、感謝にあふれていると感じました。

「ともに生きましょう」

「ともに」には、人だけではなく、自分の中のすべてのいのちも含まれているのだと思いました。
石垣島も、祖母も、すべてが私の中に生きているいのちです。

いのち それは伝わり、伝えるもの
誰かと話すとき
その人を見ないで
その人の後ろのおじいさまおばあさまを見て
話して
考えられたら
その人の言葉を
正面から聞くことができるかもしれない
右でも
左でもなく

いじけてる人
怒っている人
いじわるしてくる人
やさしくしてくれる人

その後ろに、その人たちの中に生きている人や物たちが見えたら・・・

その人だけを見ていたら、
その人の瞳の中の、自分自身を見てしまうのではないでしょうか
言葉少なく、多く働く

「はたらく」

傍(まわりの人)を楽(らく)にする

生きているのに何も仕事がなかった時間を生きたことがあります。
職業はもちろん、何もない時間

生きるためにはたらくのではなく、
はたらくために生きているんだと思った十代のころでした