ともに生きよう  ともに働こう  ともに学ぼう 伝わってゆくこの「いのち」を ここに記します。
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松尾芭蕉
「中庸」
相反する二つのものに左右されず、真なるものをみること

「不易流行」

松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念です。

「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」

即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、
しかも「その本は一つなり」
即ち「両者の根本は一つ」であるというものです。

「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないものということで、「不変の真理」を意味します。

逆に、「流行」は変わるもの、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないもののことです。

「不易流行」は俳諧に対して説かれた概念ですが、生きる道を私たちに示してくれます。
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人に言葉を聞いてもらえないことが、どれほどさみしいことか
人に言葉を聞かれていることが、どれほど責任のあることか



人間関係に問題が起こったとき

迷いと、恐れと、問題解決が頭に浮かぶ

これは間違っているな、
これは、どうやって解決しよう
これは、どうやって説得しよう

そんな風に思ったときほど、明るく話せる状態が必要だと思いました。
そして最後に、
「~こうしたらもっとよくなるね!一緒にがんばろう!」

営業のスキルでYES  BUT NOと言います。
顧客の無理な注文や、間違った提案に対して、NO!というのではなく、

まず (YES)

「そうですね~
どうしてそう感じるんですか?
なるほど そうですよね」

でも (BUT)

「~すればもっと うれしいんじゃないですか?」 (NO)

これは単なるテクニックでもあります。
でも、本当の中庸の中にもこの会話があります。


中庸の世界では、判断や状況に意味はそれほどなく、ただ流れていくと思うのです。
永遠でないものとして・・・

どうすれば、中庸になれるのか


尊敬だと思いました。

尊敬とは何でしょうか?

「~さんの~なところを尊敬しています。」

これは評価だと思うのです。

尊敬には、条件はありません。

立派でも、おろかでも、良くても悪くても、
無条件にあるもの
それが尊敬

尊敬があれば、そんな困難な状況も、自然に流れていきます。
どうすればよいのか、何が正しいのか迷ったとき

こう考えなおしました。

何をするかではなくて、
どうあるのか

同じことをしても、行う人が違えば結果は全く異なることがあります。
つまり、何が正しいかの選択には、あまり意味はないことがあるということです。

何をしても、どうあるかの方が状況を変える力は大きい

だから、尊敬があふれていたら、愛があふれる
すると、何もしなくても、よいよいにも、悪いようにもなる
結果は、よくても悪くても
目的地に向かう道になっている

それが、無私の奉仕ではないかと、思うのです。