ともに生きよう  ともに働こう  ともに学ぼう 伝わってゆくこの「いのち」を ここに記します。
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沖縄
八重山民謡のコンサートにいきました。
私は20歳のころに半年石垣島で働いていたことがあります。

日本百景の一つ石垣島の川平湾から歩いて1分
毎日、私は石垣島の自然の中で生きていました。
都会暮らしが身についていた私にとってこの半年間は、いのちの生活でした。

私のもっている全財産はリュック一つに入りました。
テレビもパソコンもない。
部屋には、リュック一つだけ・・

そんな毎日で、私が繰り返しきいていた八重山民謡
鷲ぬ鳥節 と 鳩間節

コンサートで鳩間節が演奏されたとき、私のすべては石垣島の空気につつまれました。
私は石垣島に立っていました。

そのとき、ひとつの体験がやってきました。
私の中に石垣島が生きていて、それが私として生きているという体験です。

はっきりそれを体験したとき、芸能の意義がハートに落ちました。

私は和太鼓、踊り、民謡などいろいろな地域のものを学んでいます。
私はその土地に生まれていないけれど学んでいる
真の芸能は、その土地の神さまにささげることから生まれた。
私は真の地元の人のようにはなれないのだろうか?と考えることがありました。

いや
石垣島は私の中に生きていました。
つまり、学んだこと、体験したことは、私のいのちとなっていたのでした。

ああ 言葉とはなんと軽いのでしょうか。
一つの体験は、千の言葉を超えます。

私は文化を学んでいます
文化は私の中にあります
私は文化そのものです。

はじめて、私は石垣島そのものであったことを体験しました。
本当の自分を知る道とは、こういうものなのかと感じました。

美しい八重山民謡を聴きながら私は恍惚としていました

そのとき・・・・

突然、祖母の亡骸が目の前に浮かびました。

予期せぬ映像に全身が固まりました。

なぜ?

「今これが頭に浮かぶのか?」

しかし、予想以上にすばやく答えがわかったのでした。

「祖母も石垣島と同じように私の中に生きているのだ・・・」

すると再び八重山民謡がハートに響き渡りました。

私の中に生きているいのちを経験することは、自分の前世を見るようなことよりも
刺激的で、情緒的で、感謝にあふれていると感じました。

「ともに生きましょう」

「ともに」には、人だけではなく、自分の中のすべてのいのちも含まれているのだと思いました。
石垣島も、祖母も、すべてが私の中に生きているいのちです。

いのち それは伝わり、伝えるもの
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