ともに生きよう  ともに働こう  ともに学ぼう 伝わってゆくこの「いのち」を ここに記します。
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和暦:平成21年2月20日 金曜日
旧暦:1月26日
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《できごと》
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・1582年(天正10年1月28日) - 大友宗麟・有馬晴信・大村純忠が天正遣欧使節の派遣を決定する。
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天正遣欧少年使節~

天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)は1582年(天正10年)に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団。イエズス会員アレッサンドロ・ヴァリニャーノが発案。1590年(天正18年)に帰国。使節団によってヨーロッパの人々に日本の存在が知られる様になり、彼らの持ち帰ったグーテンベルグ印刷機によって日本語書物の活版印刷が初めて行われた(これをキリシタン版という)。

目的
ヴァリニャーノは自身の手紙の中で、使節の目的をこう説明している。

第一はローマ教皇とスペイン・ポルトガル両王に日本宣教の経済的・精神的援助を依頼すること。
第二は日本人にヨーロッパのキリスト教世界を見聞・体験させ、帰国後にその栄光、偉大さを少年達自ら語らせることにより、布教に役立てたいということであった。
海外で、日本と言えば、サムライが有名である。
キリシタン大名、踏み絵などの言葉は、日本の歴史の多様性を示唆する。

日本は仏教の国と言われることがある。
仏教は、インド、中国を通して日本に伝えられた。
キリスト教もおなじように海外から伝えられた。
それが千年以上昔なのか、数百年昔なのかの違いはあるが、日本人は文化、宗教、習慣、芸能を愛し、受け入れてきたように思うのです。
それが、この国の風に吹かれ、雨に濡れ、人に愛でられたときに、元祖にもなかったような価値が生まれてきたのだと思うのです。

今日もいのちをありがとう。
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