ともに生きよう  ともに働こう  ともに学ぼう 伝わってゆくこの「いのち」を ここに記します。
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和暦:平成21年2月21日 土曜日
旧暦:1月27日
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《できごと》
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・901年(昌泰4年1月25日)- 菅原道真が大宰権帥に左遷。
・1952年 - 「言語殉教者の日」。東パキスタン(現在のバングラデシュ)でベンガル語運動家と軍隊が衝突。
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《記念日・年中行事》
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・国際母語デー/インターナショナルマザーランゲージデー
・国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が言語殉教者の日にちなんで1999年に制定した国際デーのひとつ。
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国際母語デー ~

国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が1999年11月17日に制定した。言語と文化の多様性、多言語の使用、そしてそれぞれの母語を尊重することを推進することを目的とする。

1952年のこの日、当時はパキスタンの一部だったバングラデシュのダッカで、ベンガル語を公用語として認めるように求めるデモ隊に警官隊が発砲し、4人の死者が出たことに因むものである。バングラデシュでは、独立運動の中の重要な事件の一つとしてこの日を「言語運動記念日」としていた。

日本は単一民族、単一言語の国家であると言われる。
一方で方言はバラエティに富んでいる。
しかし最も気づかず、最も大きな違いは時代ではないだろうか。

70年前、戦争中の日本語、
200年前、江戸時代の日本語、
1200前、平安時代の日本語、

平成の若い世代が理解できる日本語は、どこまでだろうか
平成の若い世代が読むことができる日本語は、どこまでだろうか

私たちは日本語を受け継いでいるのだろうか
現代話されている日本語は、戦後からの日本語をベースに平成の会話調のイントネーションと名詞、語尾によるものではないかと思ったのです。

20年前の文学作品を読むだけで、今とは違う日本語のように聞こえる。

私たちのいのちは、先祖から伝えられ、伝えていくものです。
文化も習慣も、伝統も、すべて伝えていくことと変化していくことを同時に行うことが、生きている証だと思うのです。

国際母語デーの今日、私たちのことばにどのようないのちが生きているのか、感じ取りたいと願います。

今日もいのちをありがとう
和暦:平成21年2月20日 金曜日
旧暦:1月26日
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《できごと》
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・1582年(天正10年1月28日) - 大友宗麟・有馬晴信・大村純忠が天正遣欧使節の派遣を決定する。
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天正遣欧少年使節~

天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)は1582年(天正10年)に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団。イエズス会員アレッサンドロ・ヴァリニャーノが発案。1590年(天正18年)に帰国。使節団によってヨーロッパの人々に日本の存在が知られる様になり、彼らの持ち帰ったグーテンベルグ印刷機によって日本語書物の活版印刷が初めて行われた(これをキリシタン版という)。

目的
ヴァリニャーノは自身の手紙の中で、使節の目的をこう説明している。

第一はローマ教皇とスペイン・ポルトガル両王に日本宣教の経済的・精神的援助を依頼すること。
第二は日本人にヨーロッパのキリスト教世界を見聞・体験させ、帰国後にその栄光、偉大さを少年達自ら語らせることにより、布教に役立てたいということであった。
海外で、日本と言えば、サムライが有名である。
キリシタン大名、踏み絵などの言葉は、日本の歴史の多様性を示唆する。

日本は仏教の国と言われることがある。
仏教は、インド、中国を通して日本に伝えられた。
キリスト教もおなじように海外から伝えられた。
それが千年以上昔なのか、数百年昔なのかの違いはあるが、日本人は文化、宗教、習慣、芸能を愛し、受け入れてきたように思うのです。
それが、この国の風に吹かれ、雨に濡れ、人に愛でられたときに、元祖にもなかったような価値が生まれてきたのだと思うのです。

今日もいのちをありがとう。
和暦:平成21年2月19日 木曜日
旧暦:1月25日
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《できごと》
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・1945年 - 海兵隊を主力とするアメリカ軍が、硫黄島に上陸(硫黄島の戦い)。
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硫黄島の戦い~

硫黄島
東京とグアムの中間に位置し、長径は北東から南西方向に8キロ未満、幅は北部ではおよそ4キロ
面積は、東京都港区と同じくらいの大きさである。

この小さな島で、以下のような戦争が起こったのだ。

大日本帝国
戦死:2万129人
捕虜:1023人

アメリカ合衆国
戦死:6821人
戦傷:2万1865人

1985年2月19日。つまり硫黄島の戦が開始された40年後、日米の兵士が 400名ほど集結して、合同慰霊祭が営まれたのだ。

この模様はテレビのニュースでも流れた。かつては激しい攻防を繰り広げた兵士たちは、抱き合い双方の犠牲者を弔おうと、熱い涙を流したのである。
そして日本語と英語で慰霊碑が建立されたのであった。
その碑文に曰く。

「再会の祈り(REUNION OF HONOR)

硫黄島戦闘四十周年に当たり、曾つての日米軍人は本日茲に、平和と友好の裡に同じ砂浜の上に再会す。

我々同志は死生を越えて、勇気と名誉とを以て戦ったことを銘記すると共に、硫黄島での我々の犠牲を常に心に留め、且つ決して之を繰り返すことのないよう祈る次第である。

昭和六十年二月十九日

米国海兵隊
第三第四第五師団協会
硫黄島協会」

戦争に対する考え方は時代によって大きく変化するものであろう。
1000年前、100年前の日本でその価値観は全くことなるものである。
では、決して変わることがないものは何だろうか?

私たちのいのちは、私たちの力で生まれることはない。
母、一族、地域、国、地球
すべての集団の中に現在から、過去にさかのぼった満点の星の数ほどのいのちから
生まれ・・
伝わり・・
伝えた・・

それが、このいのちであること
これは決して変わることがないもの
真実だと思うのです。
和暦:平成21年2月18日 水曜日
旧暦:1月24日
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《できごと》
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・1932年 - 日本が満洲国独立を宣言。
・1978年 - 東京で「嫌煙権確立をめざす人びとの会」結成。
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《記念日・年中行事》
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・雨水
二十四節気の1つ。太陽の黄経が330度の時で、雪が溶け始めるころに当たる。
・嫌煙運動の日
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嫌煙権とは~~
喫煙しない人が、受動喫煙を強いられることについて異を唱えること。

1980年に嫌煙権に関する民事訴訟が起こり、世界ではやや遅れて日本でも社会的禁煙の方向性に流れ始めたようです。
私はかつて吸っていましたが、現在は吸わないようになりました。
歴史を調べると、どちらがよいかという問題ではない、広い視野で喫煙を考えることができました。
アメリカ先住民の使用の歴史、世界に広がった流れ、多額の税金を生み出したこと、たばこ産業と密接な関わりをもっている町、人の趣向性。

吸う吸わないの違いを包んでしまうようなものがないでしょうか。

まずはじめに理解、
すべての人への尊敬、
互いの調和が生まれ、
結ぶものは友愛

異なる文化・習慣・哲学を持っている民族と共に生きる力が必要とされる時代になりました。
二十四節気「雨水」を感じつつ
今日も、いのちをありがとう
和暦:平成21年2月17日 火曜日
旧暦:1月23日
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《できごと》
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・1978年 - 北海道幌加内町母子里の北海道大学演習林で最低気温氷点下41.2℃を記録(非公式記録をも含めた日本の最低記録・天使の囁きの日)。
・2008年 - セルビア共和国コソボ自治州がコソボ共和国として、セルビアより一方的に独立。
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《記念日・年中行事》
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・えんぶり(20日まで)
青森県八戸市、万年豊作を祈願する祭り。1979年に国の重要無形文化財の指定を受けた。
・ノアの洪水の日
旧約聖書で「ノアの洪水」が起きたのがノアが600歳の時の第2の月の17日となっている。
40日間雨が降り続いてすべてが水没し、1年後の第2の月27日に地が乾いた。
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今日も、いのちをありがとう